「完全なるチェックメイト」60点(100点満点中)
監督:エドワード・ズウィック 出演:トビー・マグワイア ピーター・サースガード

天才を生み出すというのは非人間的なことなのか

天才とは、誰がどう見ても貴重でかけがえのない存在だが、その才能が本人を幸せにするとは限らない。15年最大の傑作の一つ「セッション」もそうだが、今年最後の公開作品「完全なるチェックメイト」もまた、そんな苦い後味と想像をかきたてる良作である。

天才的なチェスプレイヤー、ボビー・フィッシャー(トビー・マグワイア)は、現チャンピオンのソ連人ボリス・スパスキー(リーヴ・シュレイバー)との対戦を切望していた。ところがときは冷戦中、仮想敵国に長年チャンピオンを奪われ続けていた米国世論はボビーの思惑を超え、ほとんど代理戦争のごとき盛り上がりを見せるのだった。そんな異様な状況下、ボビーの脳は限界近くまで酷使され、やがて彼の行動は常軌を逸してゆく……。

将棋と違ってチェスが早い時期からコンピュータに勝てなくなったのは、この競技が些細なミスを許さず、リカバリがしにくいシビアなものだから、との説がある。劇中のボビーも言っているが、銀河の星ほどの選択肢があるように見えながら勝つためのルートは一つだけ。それを一刻も早く探し出し、先読みし、ミスせずに打ち込めるか。それがこの競技の神髄だという。

もしそれが真実だとするならば、チェスとは恐ろしい競技である。ひたすら高速で正確な計算をして、相手よりも遠くまで先を読む。際限はない、無限にその射程を延ばしたものが勝つというわけだ。

それはすなわち人間を捨て、機械に近づけと言うことだ。だからこそ、極めきった天才的うち手はこの映画のボビーのように精神を病んでしまう。この映画は、実話を基にしている。

本来ならば、対照的ともいえる性格のライバルボリスのその後も追いかけてくれれば、よりテーマの味わいが深まったと思うのだが本作はあえてそうしていない。そのあたりは各々見終わった後に調べてみてくれということか。

映画の見所は、史上最高の名勝負とされる彼らの対戦シーン。麻雀を知らない私がアカギを読んでも楽しめるのと同じで、チェスを知らない人でも問題なく見られるように演出されている。もっとも、多少知っている程度じゃあの奇跡的な一手の凄みなどどうせ伝わりはしないのだから、これはこれでいいのだろう。優れた作品は見る側の競技者レベルを問わないというわけだ。



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