「クリード チャンプを継ぐ男」90点(100点満点中)
監督:ライアン・クーグラー 出演:シルヴェスター・スタローン マイケル・B・ジョーダン

ロッキーの後継者あらわる

この映画がロッキーシリーズの正当なる続編であることを知らない人がもしいたら、周囲のファンを大勢誘って映画館に行くべきだ。そうすれば確実に「クリード チャンプを継ぐ男」は、この冬最大の掘り出し物としてお友達ともどもあなたに十分な満足感を与えてくれるに違いない。

レストラン「エイドリアンズ」を細々と経営するロッキー(シルヴェスター・スタローン)の前に、純粋な瞳を持った若者が現れる。アドニス・ジョンソン(マイケル・B・ジョーダン)と名乗ったその黒人青年は彼に問う「アポロ・クリードはどんなチャンピオンだった?」。そして続けてこう言うのだった。「ロッキー、俺にボクシングを教えてくれ──」

本作を前に過去のロッキーシリーズ6本の感動シーンを改めて振り返ってみる。

まず、もっとも評価の高い一作目だが、これには14ラウンドのダウンシーンというシリーズ最強の涙腺崩壊力をもつ熱い試合場面がある。また個人的にはミッキーと言い合った直後のアパート外の無セリフの引きショットが、とくに大人になってから見ると胸を打たれる。

パート2にはこれまたシリーズ有数の泣ける名馬面がある。目覚めたエイドリアンがベッドで言うセリフから直後のミッキーの檄、そしてトレーニングシーンへのトリプルコンボだ。これがあるから2を最高傑作と呼ぶ人も多いのだろうと想像する。

3作目には無人のジムで背後に立つアポロとの会話シーンが、4には入場直前のポーリーのセリフという、それぞれ強力な名シーンがある。

こうして思うのは、「ロッキー」の魅力とは不完全な人生を送る孤独な人間たちがあがき、寄り添う世界観にあるのだとつくづく思う。そうした苦しみは、社会のどの階層にいても同じなのだとこのシリーズは教えてくれる。

むろんボクシングは不可欠に近い要素だし魅力ではあるが、ロッキーが全く戦わない続編である「クリード チャンプを継ぐ男」が、どこからどうみてもやはり「ロッキー」であり、これまでの作品に勝るとも劣らない魅力を発しているのを見ると、その思いを強くする。

「クリード チャンプを継ぐ男」は、これこそがロッキーなのだとの再重要ポイントを完全に理解した監督が作っている。だから面白い。

これは旧作オマージュとか、そういう上っ面な部分では全くない。

主人公が変わっても、多くの人々がこの作品を「ロッキー」新章として受け入れ愛した理由は、この映画が主人公よりも大事なもの、作品の魂を受け継いでいるからだ。

ファンに愛されたシリーズを新監督が描く点が共通する「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」とはそこが違う。「クリード チャンプを継ぐ男」は単なるレプリカではなく、骨太な、シリーズの魂がこもった映画である。

ライアン・クーグラー監督には、シリーズを自分がまったく新しいものへと蘇らせてやろうという気迫があり、それを成功させる腕もあった。

「クリード チャンプを継ぐ男」の主人公アドニスは、義母であるアポロの未亡人と暮らしているから金には困っていない。しかし実際にはだれもいわくつきの彼にコーチするものはいなかった。父親のジムですら、だ。むろん、義母も彼の夢には反対だ。

結局アドニスも、金銭的には恵まれた環境にいながら不完全な人生を強いられており、孤独な人間である。まさにロッキーの物語に不可欠な要素だ。

さらに、不遇な生い立ちでありながら彼は父親を心から愛している。YouTubeにアーカイブされた父親アポロとシャドウボクシングをするその純粋な姿は、まるで小さな子供がパパと幸福そうに戯れるかのようである。この名場面において観客は一気にこの主人公に魅了され、共感する。誰だってかわいい赤ちゃんの事は好きなのだから当然である。

こういう男になら、ロッキーの後継者を任せられる、認められる。ファンはおのずとそんな気持ちになり、映画が終わる頃には完全なる主人公の引継ぎが完了する。

進行性難聴の恋人など、魅力的なわき役も登場して支える。きっと続編以降も彼らは胸躍る物語を見せてくれるだろう。

そんな「クリード チャンプを継ぐ男」を、私はすべてのロッキーファンに強くすすめる。なお間違っても、(少なくとも)4まで見ていない人は先に本作から見ないようアドバイスしておく。



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