「天空の蜂」95点(100点満点中)
監督:堤幸彦 脚本:楠野一郎 出演:江口洋介 仲間由紀恵 本木雅弘

社会派テーマとエンタメをハイレベルに両立

私が東野圭吾の同名原作小説を読み衝撃を受けたのは、もう20年近く前になるだろうか。

先日堤幸彦監督に話を聞いた時、彼は「あの小説が映画化不可能と言われた理由は、内容があまりに原発業界のタブーに触れていたから」というような事をいった。私が20年前に読了したときに感じたことと全く同じ見解であった。

1995年の夏。福井県の高速増殖炉上空に突如現れた自衛隊の大型無人ヘリがホバリングを開始する。残燃料は8時間分。爆弾を満載したヘリが落ちれば原発は破壊され、日本列島は壊滅する。ほどなく犯人は「全原発の即時廃棄」を村山改造内閣へと要求。ヘリに息子が取り残されていることを知った開発者の湯原(江口洋介)は、原発設計士で旧知の三島(本木雅弘)らとともに、対策を検討し始める。

この映画を見終えたとき、真っ先に思ったのはこれで日本の映画史も変わるかも知れないなということだ。

映像化不可能と誰もが思った原作の強烈な批判精神を、まったく薄めることなく2時間18分間にたたき込んだ映画版「天空の蜂」は、近年の原発問題を扱った映画の中ではダントツの最高傑作である。

その最大の驚きは、松竹という一流の映画会社が堤幸彦という日本有数のヒットメーカーを監督に、堂々たる大作として原発の抱える問題を明らかにしたことにある。

確かに福島の原発事故により、原作が日本人に突きつけた、まるで予言のような原発タブー(原子力ムラの人々が絶対に隠しておきたかったこと)の多くがすでに「事実」となってしまったことは議論の余地がない。その意味では、いまさら隠しても無駄だから映画にできたとの見方は間違いではあるまい。。

だが、それでもこの映画が改めて警告する原発の構造的弱点、安全保障上の解決できない脆弱性はきわめて新鮮に見える。国の行く末にかかわるほどの欠陥なのに、忘れている人もきっと多いだろうと思われる。だからおおいに見る価値がある。なによりエンタメ映画として抜群に面白く、感動も深い。

それにしてもゾッとさせられるのは、この映画に描かれている問題点を誰よりもよく知るはずの政治家や官僚たちが、またも目前のカネのために再稼働を進めようとしている現実である。経済成長のために動かせ、などという文化人たちも言葉を言い換えているだけで、要するにカネのために原発を動かせという点では皆同じである。

日本の未来からメルトダウン事故のリスクを排除するためにコストを支払うという、安全保障的な発想は彼らにはない。本来、福島原発事故を起こした元凶たる彼ら推進派こそが、それを支払う義務を負うべきだと私は思うが、きっとそんな事は考えたこともないのだろう。利益は自分に、コストは国民に。失敗しても責任はとりません。まさに、無責任の極みである。

さて映画の話に戻ると、役者たちは抑制を利かせているが、必要なところでは感情をほとばしらせる演技を見せ、本物の感動を観客に与える。クライマックスである男が拳銃をつきつけられる場面、その鬼気迫る表情には観客の背筋も凍り付くだろう。

完璧すぎる犯人の計画に想定外の狂いが生じて犠牲者が出るプロットも、まさに原発事故そのものをダブルミーニングにしたものであり、見応えがある。原発プラントのように、何重ものセーフティを設け、壁を作っていても、壊れるときは一瞬。福島でそれは証明されている。これが20年前に書かれたのだから、まったくもって末恐ろしい話だ。

犯人の語る「狂っているもの〜」というセリフがまた強烈である。震災後の今聞くと、これほど恐ろしいセリフはないだろう。

ところで原作もこの映画も誤解されがちだが、けっして反原発映画というわけではない。

既存の技術の限界を認めず、私欲のためにごり押しで国民を危険へ巻き込もうとする連中への嫌悪感。想像力のない人々への強烈な危惧。そういうものを呼び起こす作品ではあるが、考察は科学的だし、偏った思想を押し付けることもない。ミステリ作家が書いた原作らしく、じつにフェアである。

東野圭吾も、映像化した堤幸彦監督も膨大な資料を検証したという。映画は冷静に、その結果を皆に提示するのみだ。

映画版だけにある、その後を描いたシークエンスだけが、私にはこうした問題提起の純度を下げているように思えるが、それでも「天空の蜂」がまれにみる傑作であることに違いはない。

松竹と堤幸彦がここまでやったという事実は、きっと他の映画監督を勇気づけるだろう。ここまで出来るのならオレもと、フォロアーが出てくることを期待したい。

なにより重要なのは、一般人が楽しめる感動的な娯楽映画の範疇で、それを示したこと。単館系のドキュメンタリーや、政治的な反原発映画ではない。あくまでエンターテイメントであること。そこが肝要だ。

私はこの映画を作り、上映する人たちに最大級の賛辞を送る。そして、彼らの勇気を無にしてはならない。日本には、ぶち壊さなくてはならないタブーがまだまだある。



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