「日本と原発」70点(100点満点中)
2014年/日本/カラー/2時間17分/

日本人の洗脳を解き、原子力ムラの息の根を止めるため作られた一本

震災と福島第一原発事故以来、多くの"原発映画"が作られてきた。だがこの「日本と原発」は、それらの中でもまったく異なった光を放つ作品である。

それはこの作品が、本来映画とはまったく無関係の人間たちによって作られたものだから。異業種監督、などという言葉があるが、それは異業種から映画界に参入してきた新参監督といった印象がある。だが本作の河合弘之監督は「現役弁護士の映画監督」などと、そんな枠には絶対にくくれない。

この監督と映画「日本と原発」を正確に言い表すならば、「日本最大のタブーである原発マフィアを地獄の底まで追いつめ、その首を狩るために作られた」執念の一撃、である。

ともあれ映画は、ごく定番のドキュメンタリーに見える。ナレーションは朴訥として聞き取りやすく好感が持てるが、決してプロの語り口ではない。かといって撮影も編集も素人丸出しということはなく、しっかりとしている。だがそれでも、これは幾多の原発ドキュメンタリーとは大きく違うことが、最初のワンシーンから伝わってくる。ものすごい意志の力というものが、画面から放射されてくる。

それはこの映画が、普通の映画監督ならば目指すべき点、欲張るべき点を最初から完全に切り捨てているからである。説明しよう。

通常映画監督というものは、無数に作られている震災ドキュメンタリーを今から作ろうとすればこう考える。「ほかのやつが撮れないネタや証言を掘り出そう」「俺だけの視点やメインテーマ、切り口を見せよう」「観客がびっくりする映像を撮ってこよう」といった具合だ。

だが河合弘之監督には、そんな色気は全くない。そもそも彼には映画監督になりたいとか、芸術的な作品を作ろうとか、傑作をとって名を上げよう、金を儲けようといった動機が全くないのである。

この河合弘之監督という人は、もともとバブル時代に数々の巨大な経済事件を担当し、連戦連勝を誇った凄腕の経済弁護士。弁護した中にはいわゆる悪党もいるし、その報酬たるや想像を絶する。戦後最大の好景気時代に、法の知識を武器に立ち回り、財界の裏も表も知り尽くした成功者である。

そんな彼が、金だけでは満たされぬ己の人生の心の隙間を埋めるため、この国最大の巨悪に余生をかけて挑んだ最後の戦いこそが、脱原発関連訴訟だった。幾多の脱原発弁護団のリーダーとして、大飯原発差し止めや浜岡原発差止訴訟、東電の歴代取締役たちに損害賠償額5兆5,045億円(おそらく世界最高額)もの株主代表訴訟を仕掛けた、まさに最強の闘士である。

特に最後の株主代表訴訟は、のうのうと高額の退職金を受け取り海外で豪遊するなど、誰もがこのまま逃げ切られると思っていた東電の歴代取締役一人ひとりに対し、家屋敷を含め身ぐるみはぐ目的で、絶対に逃がさないという怒りを込めて河合弁護士が考えだしたウルトラC。よもやこんな形で追い込まれるとは、被告のだれ一人として思っていなかっただろう。国民の多くが、一人も責任を取らぬ東電首脳に怒りを覚えていたと思うが、河合には不撓不屈のタフな精神力と消え去らぬ怒りと、何より企業相手の訴訟を知り尽くした経験と法知識という、戦う武器があった。

この映画はそんな弁護士が、「これ一本で推進派の主張を完全に論破し、原発問題のすべてがわかるように」と作ったもの。脱原発派よりも、御用学者や推進プロパガンダに汚染された裁判官、一般国民、政治家、そういった人たちの洗脳を2時間強でどこまで解けるかという、壮大な挑戦というわけだ。

だからこの映画は、奇をてらったものではなく、きわめてわかりやすい原発問題総集編となっている。適切な映像の引用や図表、出所の確かな資料、感情論ではない現実的な脱原発の具体策を語れる人物へのインタビューなどを用い、原発問題のすべて、といっても過言ではない多くのサブテーマをコンパクトに語っていく。弁護士らしく思想信条ではない、ファクトにこだわった構成が見て取れる。

真新しさではなく網羅。この一撃であらかた片を付ける。画面から感じたのは、そうした「鉄の意志」である。といっても野心のようなギラギラしたものではなく、年齢からくる余裕とユーモアも見られ堅苦しさはない。

中でも、監督自らが推進側の根幹的主張を論破する解説映像は必見といえる。河合弘之監督は、推進側の主張はすべて論破できると豪語する。しかも、今ある情報と事実だけでも十分といわんばかりで、事実それを本作で示した。

製作費も自ら準備し自腹を切っているから怖いものはない。御用学者と名指しで実名をあげるし、企業名も隠さない。こういうことは、彼が戦いの当事者だからできることで、製作委員会方式の映画はもとより、この仕事で今後も食っていかねばならぬ職業映画監督にはなかなかできない。じじつこの映画の企画は何人もの専業監督に断られている。私が監督に直接質問したところ、一番制作で苦労したのは原子力ムラの広範囲な影響力と圧力だったと語っている。具体例も挙げてくれた。そういうことは、現実にこの日本に存在するのである。

佐村河内守事件で一躍有名になったゴーストライター、新垣隆が音楽を手掛けているのも話題。彼の渾身の楽曲は最初と最後に切なく流れるので注目したい。

「日本と原発」は、"映画監督"ではない、人生をかけた戦いの真っただ中に生きる闘士が作った強烈な一本。我こそはと思うエア御用文化人や安倍政権応援団は、この映画をみて反論を繰り広げてみてほしい。ただしフクシマ事故以降に知恵を付けた程度の生半可な実力では、この老練な弁護士監督の前では粉みじんに粉砕されてしまうだろう。



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