「舞妓はレディ」70点(100点満点中)
監督:周防正行 出演:上白石萌音 長谷川博己

どこか愛おしい京ムービー

なかなかの出来であった「るろうに剣心 伝説の最期編」を見た直後、シネコンの隣のドアから主題歌が漏れ流れてきたのを聞いて、「ああ、あのラストシークエンスだな、また見たいなあ」と思わず感じたのが「舞妓はレディ」である。「それでもボクはやってない」(2007)など、邦画界で異彩を放ち続ける高打率監督周防正行の最新作だ(ちなみに音楽はすべて従兄弟の周防義和)。

舞台は現代の京都の歴史ある街、下八軒。花街とはいうものの、いまや舞妓は百春(田畑智子)ひとり。三十路のくせに舞妓などと揶揄される始末だったが、そこに突然、春子という少女(上白石萌音)が舞妓志願でやってくる。女将の千春(富司純子)はどこの誰ともわからぬ娘を引き取るわけにはいかぬと断るが、それ以前に春子にはひどいなまりがあった。だが、春子の熱意を見抜いた方言のスペシャリストで大学講師の京野(長谷川博己)は、自分が京都弁へ矯正すると名乗り出る。

800人のオーディションを勝ち抜いた上白石萌音の魅力が炸裂する、気持ちのいいミュージカル作品である。

オリジナルミュージカルとしては、上白石萌音が歌も踊りもかわいらしいのでなんとか持っているが、決して各個の楽曲のクオリティは(キャストの歌唱力という意味も含め)高いとは言えない。むしろ、無理してミュージカルにしなくても……と中盤までは思わせるところがあるが、冒頭に書いたラストシークエンスの幸福感が素晴らしいので相殺される。芸妓役・草刈民代のそれも、監督の愛情たっぷりで笑わしてくれる。

この監督がよくやる遊び心で本作も「マイ・フェア・レディ」から語感を拝借したタイトルになっているが、そんなおちゃらけたコメディも、要所ではきっちりとシリアスに変貌してこちらを泣かせる。

とくに春子の舞妓デビューの場面は、ミュージカル映画ながら音楽を抑えた演出になっていてとてもいい。彼女の髪を結うアップショットの静謐な美しさなど、日本映画らしい良さと力強さを感じられる。

14歳の主人公を演じる上白石萌音には人気子役などにありがちな「完成された上手さ」、すなわち作りすぎた表情がないので、本当に自分の娘が巣立つような切なさをリアルに感じさせて良い。手塩にかけて育て上げた、一緒に苦労した愛娘が成長するのはうれしいが、同時に寂しいものなのである。もっとも、私は娘を持ったことはないが。

笑いに隠れながらも、注意深い観客ならば序盤から感じる「違和感」の伏線をきっちり回収した脚本も無理がない。世代を超えて家族で安心して見られる娯楽作品というのも貴重だ。

なお周防監督は15年間かけても花街を取材しきれず、ミュージカルというファンタジックな形にせざるを得なかったというような事をいっている。本作はドラマもあるが、京都と花街文化が主役の映画だから、妥協ができなかったのだろう。完璧主義な人である。それだけのものをこれまで作ってきたのだから説得力もある。

だが、普通に見る側からすればこれで満足。周防監督の知る限りの花街を描いてもらえば充分である。舞妓マンセーではなくそれを批判するシーンもあってちゃんと深みを出しているし、それでもやはりこれは誇れる文化だと納得するつくりになっている。バランス感覚を持つ監督だから不安はない。

なお、魅力的な表情を武器に持つ女優・田畑智子のコスプレ姿を、笑える小ネタの見どころとして最後にお伝えしておきたいと思う。実に楽しい、京都エンターテイメントである。



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